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日本語表記の過去・現在・未来についての考察~その1~ (H16年北卒 谷前 憩介)

 日本語表記の過去・現在・未来 ~カナモジカイ・一発変換キー・キラキラネーム~

 

平成16年北寮卒 谷前 憩介

 

先日、インターネット上をいつものように巡回に勤しんできた所、とあるウェブサイトの存在が某掲示板にて話題になっている所に出くわした。何でも、文章を入力する事で投稿者の文章力を機械的に解析してくれるのだと云う。

 

文章を解析?名文・悪文をコンピューターが判断?ただでさえ難解と言われる日本語を、一介のウェブサイトがわざわざ無償で分析してくれる?そもそも、そんな事が技術的に可能なのか!?色々疑問が浮かんだは浮かんだけれど、ともかく件のウェブサイトを実際にいじってみる事にした。

 

「文体診断ロゴーン」  http://logoon.org/

 

サイトの説明によると、投稿欄に入力した文章を句読点数や平均文長、特殊用語出現率など様々なパラメータを基に解析を行い、文章力の評価を行ってくれるのだと云う。更にそれにとどまらず、64人の作家の文章のデータベースを基に、投稿者の文章がその中の誰に似ているか、又は似てないかまでをも調べてくれるというなかなか楽しい機能まで実装されていた。データ基となった作家が64人と少ないためそこまで精度の高い分析とはならないが、それでも「あなたの文章は夏目漱石に似ています。」とか「川端康成に似ています。」とか言われて気分が悪くなる人もあまりいないと思われる。太宰治は…どうなんだろう。

 

そこでこれまで各所で書きためてきた日記やら何やらを何回か投稿してみたところ、面白い傾向が浮かび上がってきた。

 

 

一致指数ベスト3

一致指数ベスト3

 

どうも、自分の文章は64人の作家陣(何故か池田勇人や吉田茂もいます)の中では「ごんぎつね」でお馴染みの新美南吉には似ておらず、逆に評論家・作家の紀田順一郎に似ていなくもない、という結果がかなりの高頻度で導き出されてきた。その他の評価につぃては文章が長い・硬いと散々なもので、「個性的」とか「表現力豊か」とかそういうファジーな評価はさすがに鵜呑みには出来まい。

 

それにしても、紀田順一郎か…紀田順一郎ねぇ。ミステリや幻想文学の研究で有名な人で、その他にも日本近代史や世相史に関する著作も多数発表している凄い人だという事くらいは知っているが、ミステリにも幻想文学にもあまり個人的に詳しくないためその辺りの業績についてはよくわからない。

 

しかし、今回、こういう「日本語の文体を機械的に解析するウェブサービス」という場面に於いて「紀田順一郎」という名前が出てきたことには、非常に運命的というか必然的なものを感じてしまった。というのも、紀田順一郎は元々作家となる以前は商社勤めのサラリーマンをしており、事務手続きにおける日本語表記の問題について昔から高い関心を持っていた人物だったからである。

 

自分が唯一読んだ事があり、かつ現在も所蔵している紀田の著作はその名もズバリ『日本語大博物館』。幕末明治期から現在(90年代中盤あたりまで)に渡る日本語表記の近代化の歴史を、思想史・技術史の両面から追った非常に興味深い内容の本だった。自分が所有しているのは2001年発行のちくま学芸文庫版だが、原本は1994年にジャストシステムから発行されている。そう、マイクロソフトワードが普及する以前は日本語ワープロソフトの代名詞的存在であった「一太郎」シリーズを開発したことで知られる、あのジャストシステムからだ。

 

90年代から00年代初頭にかけて青春時代を過ごした自分達の世代にとって、コピー機もワープロソフトによる日本語文章作成も物心ついた時からほぼ当たり前の光景だった。いや、保育園児くらいの頃に保母の先生によるガリ版印刷を手伝わされた記憶がうっすらあるが、それでも小学校の頃にはクラスの連絡表も先生がコピーやワープロでちゃっちゃと作成していた。

 

しかし、これほど日本語表記のハードルが低くなったのは実はほんの最近の事で、ワープロ普及以前のオフィス事情は現在からは予想もつかなかったようなものであったらしい。以前、職場の書類庫で30年ほど前の伝票やら見積書やらを偶然覗いた事があったが、伝票の印字は恐らく処理の煩雑さを嫌ってか全てカタカナで読みにくく、数十行もの項目に渡る詳細な見積は、全て手書きであった。悪筆で注意力散漫、誤字脱字も多い自分にはとても無理だ、見ているだけで血の気が引いた。

 

そういう事もあってか、財界人の間では「日本語は漢字が多くタイプライターも使えない、英文と比べて事務手続き上とにかく非能率だから、漢字を全廃してカナ文字のみにしてしまえばいい。」という意見がかなりの支持を集めていた時期もあったのだと云う。中には、「いや、カナ文字ではなくローマ字に統一せよ。」とか「いやいや、いっその事日本語そのものの使用をやめて英語やフランス語を公用語にしたらいい。」という、まぁ今の我々からすればそんな莫迦なと頭を抱えたくなるような議論も行われていたらしいのである。

 

現在、日本語表記は高度なOA化やインターネットを利用した情報化の恩恵により昔と比べても明らかに容易になった感があるが、同時に時代に応じた新たな若干の混乱の萌芽もまた見受けられる。傍目から見たら非常識で無理な当て字で子供に名付けるいわゆる“キラキラネーム”などはその典型だろう。

 

本稿では、紀田順一郎の『日本語大博物館』等を参照しつつ、近代以降の日本語表記に於ける興味深いトピックをいくつか紹介していきたい。といってもこれら国字問題は非常に広範な内容の議論が今でも続いているため、専門家でも無い自分に語れる範囲などたかが知れているのは目に見えているが、先述した“運命”〈必然〉に何かグッと来るものを感じてしまった以上、納得の行くまで書き綴っていきたいと思っている。

 

(続きます)

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