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日本語表記の過去・現在・未来 (番外編)

 「言葉はひろがる」 ~鶴見俊輔の訃報に寄せて~

平成16年北寮卒 谷前 憩介

 

本稿の連載も気がつけば開始以来2年近くの年月が経過、そのわりにはテーマの追求は遅々として進まず、このままでは現代のキラキラネーム氾濫の時代はおろか大正昭和期に突入するにも何年かかるか、といった有り様である。当初の予定では明治時代を4回くらいで終わらせる程度に考えていたのだが、調べるにつけ、明治時代とうものが良くも悪くも日本語の在り方も含む日本のその後について決定的な影響を及ぼした事実に思いが至り、「あれも書かねば」「いやこれも…」と自分の至らなさゆえにトピックの安易な取捨選択ができなくなってしまった。

…泣き言はともかく、本来、今回は大日本帝国憲法や二葉亭四迷らの初期の口語体文学、明治普通文、日清戦争関連の話をするべきであった所、(何年後になるかは不明であったが)いずれは触れてみたいと思っていたとある人物の訃報がこの7月24日に公表されたので、急遽予定を変えて件の人物…哲学者の鶴見俊輔(1922―2015)の仕事に関する話を、主に“ことば”“日本語”という観点から記したいと思う。

戦後日本を代表する知識人の一人であった鶴見俊輔のしごとぶりは多岐にわたっており、とても自分ごときが紹介しきれるものではない。ハーバード大学仕込みのプラグマティズム(実際主義)の哲学者として、左翼リベラル寄りの政治運動家(ベ平連・九条の会など)として、または歌謡曲からテレビ番組・子供向けの漫画まで(お気に入りの先品は「寄生獣」!)を縦横無尽に語る大衆文化の研究家としても世間にはよく知られており、今回の訃報に関しては、特に安保関連法案成立などの時局を反映して護憲派リベラルの立ち位置から紹介する記事も多かった。本稿で自分が紹介したいのは、そんな鶴見俊輔の日本語を含む言語観の一端についてである。

きっかけは、これもつい一昨日の7月22日頃に紹介“をされた一つのニュース記事だった。メールの文面などによく利用される日本発祥の文化“絵文字”をテーマにしたアニメ映画がハリウッドで制作されることになったというニュースである。

 

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(メールで使用される絵文字いろいろ)

 この絵文字文化、近年は海を越えて海外にも広がり、TSUNAMIやKAIZENと同じように国際化した日本語EMOJIとして認知されつつあるらしくこの映画化もそうした背景のもとで決定したのだろう。

そしてこのニュースに接したことで、小学生時代に好んで読んでいた子供向けの教育絵本「たくさんのふしぎ」シリーズの一冊、「言葉はひろがる」(1988年犯行)の存在を思い出したのである。確か、言語の違いを超えて世界中の人たちでも理解が出来る言葉として、これら絵文字の例がたくさん紹介されていた気がする…。

早速、インターネットでその本について検索をしてみたところ、著者名:鶴見俊輔

二十数年後しに知った事実に目を疑い、そしてもう一度この「言葉はひろがる」を読み返してみたい気持ちが抑えきれなくなった。

即座に古本ネット通販に注文した翌日の7月24日、鶴見俊輔の訃報がyahooニュースのトップを飾っていた。

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本書は小学校三年生前後を対象に平易な言葉で書かれている40ページ程度の教育絵本ではあるものの、内容には著者のこだわりが感じられ、図像なども豊富で大人が見ても楽しい、むしろ、大人になった今読みなおすことで新たな知見も得られる作品となっている。そして、今回本書を読み返して改めて思ったのは、構成やテーマにも著者・鶴見俊輔の数奇な体験とそこから導き出された立ち位置が強く影響しているという実感だった。

 

■帰属すべき国家の選択を迫られた鶴見青年

鶴見俊輔は1922年、有力な政治家の一家に生まれた。母の厳格な教育方針への反発から不良のような少年時代を過ごした後、父のはからいで渡米するや学問に頭角を現し、名門ハーバード大学で哲学を修める優秀な学生となり、難しい事を考える際はもはや日本語よりも英語で考える方が楽だと感じられるほどとなっていたという。

ところが1941年12月の日米開戦を機に運命は一変。日本とアメリカ双方に戦争の大義を見いだせず(強いて言えばアメリカがやや正しいと感じた程度)、日米どちらも支持をしないと米当局に述べたため、敵国日本人で無政府主義者(アナーキスト)の危険人物としてFBIに逮捕され、数ヶ月間の勾留を受ける。

釈放後の彼を待ち受けていたのは「このままアメリカに留まるか、それとも交換船で日本へ帰るか」という二者択一の究極の選択であった。どのもち日本に勝ち目がないことは間違いなく、アメリカに残れば多少は不自由でも衣食住は保証され、学問を続ければいずれは大学教授にでもなれるだろう…。

結局、鶴見青年は日本への帰国を選び、1942年、日本に帰国。それは祖国愛や郷愁といった感情によるというより、戦争に勝っていばる側ではなく、負けそうな、弱そうな側に身をおくことを選んだ、という判断だったらしい。

少年期から培ってきたアナーキーな心性に加え、この若き日の自分が帰属すべき国家や言語すら選択・相対化しうるという経験は鶴見に大きな影響を与えたらしく、後の様々な著作において、彼は冒険家や漂流民、移民、無政府主義者、亡命者など、国家や文化の枠組みを超えて活動した人物を好んで取り上げるようになったという。

「国家の規定する自分、会社、学校、家の規定する自分よりも深くに、おりてゆくと、祖先以来の民族文化によってつくられた自分があり、さらにその底に動物としての自分、生命、名前なき存在としての自分がある。」

これも鶴見俊輔の文章だが、人間からあらゆる精神や知性、文化を取り去った先に見えてくる身体的で根源的な普遍性のようなものにも彼は注目をしていたようだ。文章はさらにこう続く。

「そこまでおりていって、自分を現代社会の流行とは別の仕方で再構成し、新しく世界結合の方法をさがす。そこには、民族主義をとおしてのインターナショナリズムの道がある。

こうした人間観や立ち位置は、件の「言葉はひろがる」にも色濃く反映されている。

 

■赤ちゃんの言葉 民族の言葉

 「わたしは、どんなふうに言葉を習ったか?思い出せません。あなたもそうでしょう。はじめてきいたときは、それが日本語だなんて知らなかった。」

「はじめは、日本語ともいえない、いろいろな音をだします。このころなら、どんな外国語をならっても、うまく話せそうです。」

「そのころにあかちゃんの話している言葉は、日本語というよりも、人間の言葉といってよいでしょう。」

何者でもない原初の自分である赤ん坊がたまたま日本という国に生まれ、日本語に囲まれて育ち、いつしか日本語を話せるようになっていく。言語・民族の別なく、あらゆる人間がみな母親の腹から生まれてくるという普遍性に立脚しつつ、文化の産物である言葉は決して人間に生まれついて備わるものではないことを述べ、そして、別々の言葉や国、宗教に分かれ固まった人間集団同士の殺し合い(戦争)も時に発生し、言葉は争いを止めるよりも、むしろ火に油を注ぐように争いを煽ってきたという事実を本書前半は伝えてくる。

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■冒険家・漂流民・異邦人

中盤からは、そんな言葉や文化の違いを超えようとした人々の足跡が、主に鎖国政策後期の日本の幕末時代のエピソードを中心に述べられる。

海難事故の末ロシアに渡り、後に日本に帰国した大黒屋光太夫、漂流の末アメリカ捕鯨船に救助され渡米の後に同じく帰国した中浜万次郎(ジョン万次郎)、黒船に密航し、自分をアメリカに連れて行くようペリーに懇願した吉田松陰などの比較的有名な人物から、鎖国末期の北海道に単身渡ったアメリカ人冒険家のラナルド・マクドナルド(長崎に送られ勾留された後、アメリカへ帰国)のような知る人ぞ知る人物までが紹介されている。

特にマクドナルドに関する記述…スコットランド人の父とネイティブアメリカンの母の間に生まれ、「有色人種の血が混じっている」と少年時代にいじめに遭い、母と同じ有色人種の国である日本へと憧憬を募らせた末に言葉も文化も知らないままに日本へ向かったというエピソードの紹介には、実に鶴見俊輔好みの選択眼が今となっては感じられる。

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左下:大黒屋光太夫の記したロシア文字による五十音 右上:中浜万次郎によるアルファベット)

 

「マクドナルド、吉田寅次郎、光太夫、万次郎の意気ごみには、今日の日本人がわすれてしまったものがありそうです。相手の言葉を知らなくても、相手が人間ならばじぶんの言いたいことが通じるはずだ、という意気ごみです。知らない言葉でも、それをききとることができる。そのことを、この人たちは、わたしたちにおしえます。」

TOEICの点数などに一喜一憂する現代サラリーマンにはなかなか厳しい言葉ではなかろうか。

 

■世界共通言語の試みと絵文字

本の後半では、国や民族の違いを超えて通用する世界共通言語の試みなどについて述べられる。現在、世界共通言語と言えば無論それは英語と同義であるが、本書ではまずエスペラント語の成り立ちについて軽く触れる。ポーランド語、ロシア語、リトアニア語、ドイツ語の飛び交う北部ポーランド生まれのユダヤ人眼科医ザメンホフが19世紀の末に発表したこの人工言語は、(本書では触れられていないが)その国を超えた国際性ゆえに無政府主義と結びつきやすく、戦前期においてはエスペラント運動に携わる人間は反体制思想の危険人物として当局に睨まれたという。

そして終盤、更に理解の容易な国際語として、絵文字への期待が実例を通じて紹介される

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絵文字の例としてドイツ生まれのアイソタイプ、交通標識、ジプシー(ロマ族)の使用するホウボウ・サインなんてものまで掲載。

 

「絵文字のよいところは、ヨーロッパ人に有利というせまさがなくて、みんなが平等に使えることです。(中略)70歳、80歳のとしよりも、絵文字を自由に使いこなす、新しい時代が来るでしょう。」

「ラジオ、レコード、映画、テレビなどをとおして、世界のさまざまの場所の人たちが、おたがいの動きを知ることができるようになりました。」

現在の、インターネットを通じて絵文字文化が世界に広まっている状況をまるで予言するかのような記述である。そして興味深いことに、本書で鶴見俊輔はこれら絵文字の中には漢字と似ているものがある点も指摘している。確かに漢字も絵文字も、視覚性を重視した象形文字であるという点は共通しており、絵文字が日本で発達したのも、日本人が歴史的に漢字と向き合い、どうにか使いこなそうと四苦八苦してきた事実と関わりがあるように思われてならない。

更に本書では触れられてはいないが、最初に紹介したメールで使われる絵文字(EMOJI)を見れば一目瞭然だが、EMOJIの表現には日本で特異な進化を遂げた漫画表現の影響が強く認められる。

鶴見俊輔は早い時期から漫画に並々ならぬ関心を寄せ、日本における本格漫画評論の草分けとも言える存在でもあった。(同じく漫画評論の草分け的存在である呉智英は、日本の漫画表現と、漢字かな交じり文の親和性を指摘している。)

現在、漫画は日本を代表する文化の一つとして日本国外にも広く紹介され、EMOJIと同じような国際性を獲得している。鶴見俊輔が漫画に惹かれたのも、それが戦後日本の大衆文化を代表するものであった点に加え、国境を超える普遍性の可能性も垣間見たからではないだろうか。

 

「民族主義をとおしてのインターナショナリズムの道」

現在、インターネットを通じて日本語文化は漫画やアニメ作品、ボーカロイド音楽などを媒介に(主に若者文化界隈でではあるが)世界で確かな広がりを見せている。ネットの翻訳機能を使うことで、英語にかぎらずさまざまな言語の外国人とも意思の疎通も確実に容易になった。

一方で、インターネットは憎悪や偏見、過激主義の伝播力も高めた。イスラム国などのテロリストがインターネット広報を巧みに駆使しプロパガンダを撒き散らすのはその恐ろしい一例である。

我々は、日本語と、そして異国の言葉や文化とどう付き合っていくべきか。

「言葉は、じぶんにとっては、じぶんの使いはじめた言語がもとになります。わたしたちにとっては、それは日本語です。この日本語を、人間が使う言葉として使うようにしたい。この言語にうまれついたものでない外国人も、気もちよく使える、ふところの深い言語にしてゆきたいものです。」

言語や文化は違えども人間同士である以上、根源的なところでは同じであるという点に基づき、文化の多様性を尊重し日本語という個別の言語に根ざしつつ、そこから広く世界的な普遍性を模索することへの期待。

「地球上の人間は、食べる、眠る、はたらく、休む、つきあう、愛する、遊ぶという、よく似た問題をかかえて生きています。そのために使っている言語がこの日本語であり、ほかのさまざまな外国語であるということを、感じる力をもつようになりたい。」

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